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3チーム分の出場辞退

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【警告】怒って書いてるので【警告】 【警告】読んでて不快になるかもしれません。【警告】

 再び申し訳ない。
 
 
 先日の日米野球に一緒に行ったKM氏からスクラップ記事がメールで送られて来た。


これを読むとノムさんと楽天の選手には非常に気の毒だったような気が・・・・・
こんなところに出せるような選手がいるならダントツの最下位になんかならんっちゅうねん。
 
http://news.goo.ne.jp/topstories/sports/20061107/
c811e304fbaec17db12dc036eb45b1dd.html?fr=RSS

 
 
大会の意義再考を 真剣勝負の米選抜に惨敗
2006年11月8日共同通信
 
 全日本は5戦全敗。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)優勝国として恥ずべき結果になった。
松坂(西武)ら有力選手の辞退が相次ぎ、ベストにはほど遠い布陣しか組めなかった時点で惨敗は目に見えていた。勝利を貪欲(どんよく)に追求した大リーグ選抜とは、対照的だった。ある大リーグ関係者は来日した選手の気持ちをこう代弁した。「日本のいい選手がそろわなかったことに、口では残念とだけ言っているが、本当のところはそうとう、腹が立っている」 日米野球はかつて、本場の大リーガーを相手に自分の力を試す絶好の機会だった。それが「世界一決定戦」のWBCが創設されたことで、少々の故障でも出場しようという気概が薄れてきたのは事実だろう。
日本プロ野球選手会は日米野球への参加を今年限りとする意向を表明している。しかし全力でプレーする姿勢と高い技術力を見せつけられた大リーグ選抜から学び、感じたことはあるはずだ。貴重な経験ができる舞台であることに変わりはない。日米野球の意義について、選手たちが再考する余地はある。
 
 
屈辱全敗…辞退者25人が重く…
2006年11月9日(スポーツニッポン)
 
 【全日本3-5全米】屈辱以外の何ものでもなかった。5戦全敗。会見場に現れた野村監督は不快そうに何度も口の周りを触った。「5試合のうち最低2、3勝はしたいという願望でスタートしたけど。大きな力の差は感じなかったけど、結果はこう」
 9回に大村の左前適時打で同点。延長10回2死一塁から里崎の右翼線への当たりで、一塁走者・福浦がホームを駆け抜けたが“落とし穴”が待っていた。打球が観客席に入ったため、得点は認められず。エンタイトルツーベースとなって2死二、三塁で再開したが
、後続が倒れた。その裏、レイエスにサヨナラ2ランを浴びて決着はついた。
 野村監督にとって、60年のジャイアンツとの日米野球でウィリー・メイズから「ムース」と愛称をつけられた思い出がある。「(全米チームの)ホテルにまで行って選手に話を聞きにいった」と振り返る。成長するための貴重な機会ととらえていた野村監督の考えとは対照的に今回の出場辞退者は25人に上った。「出場してくれた選手は一生懸命にやってくれたけど、彼ら(辞退者)が出てれば違ったでしょう」との言葉に無念さを込めた。
 通算の盗塁数は全米が1に対し、9。野村監督は「スモール・ベースボールという意味では日本の方が上という印象を受けた」という。日本野球らしさは見せた。だが、WBC初代王者らしい野球は見せられなかった。
 
 
全米5連勝 72年ぶりスイープ!
2006年11月9日(スポーツニッポン)
 
 【全米5-3全日本】大リーガーが世界最強の威厳を取り戻した。「イオン日米野球2006」は8日、最終戦となる第5戦が行われ、延長10回にホセ・レイエス内野手(23=メッツ)の右越えサヨナラ2ランで全米が5―3で勝利。1934年以来72年ぶりの日米野球全勝を達成した。MVPには日米野球タイ記録の4本塁打を放ったライアン・ハワード内野手(26=フィリーズ)が選ばれた。
 全米ナインが全員でレイエスを迎えた。勝つために来日した。その意志の強さは本物だった。延長10回無死一塁から右翼席へサヨナラアーチを放ったレイエスはチームを代表して叫んだ。
 「スタンドからの“ホセ・コール”には、地球の裏側で(本拠地の)シェイ・スタジアムのような気分になれた。全米は勝つためにきたんだ。ベーブ・ルースの時代も今も全勝したいとみんな思っているんだ」
 ベーブ・ルースらを擁した34年以来の日米野球全勝。10月下旬のアリゾナ州の合宿でボウチー監督は「全部勝つ。それだけの力はみんな持っているし、日本のファンにメジャーの力を証明しよう」とナインを鼓舞した。打撃練習では納得しない打球が出ると、声を張り上げて悔しがる。投手陣も城島から日本打者の特徴を聞いた。WBCでは日本に優勝をさらわれた。その屈辱を晴らし、最強リーグであることを証明する。それが使命だった。ドミニカ共和国代表でWBCにも出場したレイエスは「これであの時の悔しさは少し晴らせたかな」と笑った。
 そのレイエスが10回の打席に向かう前「ヒーローになるのを恐れるな」と声をかけたのがハワードだった。ナ・リーグ2冠王は常にチームの中心で引っ張った。通算18打数10安打で打率・556。この日も6回に右越えへ同点二塁打を放った。4本塁打は02年ボンズ(ジャイアンツ)と並ぶ最多タイ記録で文句なしのMVP。「ボンズと記録で肩を並べることができた。ボンズは子供の頃から打撃をとにかく見て、まねした。何度もね」。ボンズに勝るとも劣らない強烈な印象を日本のファンに植え付けた。
 ボウチー監督は「全勝?私はちっとも驚かないよ。それだけの結果を残せる選手を連れてきた」と胸を張った。試合後、宿舎に戻ったナインはホテルで祝杯を挙げた。「自分たちが一番だ!」。重圧から解き放たれたメジャーリーガーたちはそう声を張り上げた。
 
 
教え子・小倉が幕引き被弾…ノムさんそれでも“ヤキュウ”に自信
2006年11月9日サンケイスポーツ
 
 (日米野球第5戦、大リーグ選抜5x-3全日本選抜=延長十回、大リーグ選抜5勝、8日、福岡ドーム)動けない。同点の延長十回無死一塁。レイエス(メッツ)の打球が右翼席に吸い込まれる。一塁ベンチの野村監督は奥歯をかみしめながら、メジャー軍団を見つめた。
 「最低でも2、3勝したかったが…。大きな力の差は感じなかった」
 
 全日本選抜の全敗は1934年以来、実に72年ぶりの屈辱。5連敗でも強がる理由はあった。
 
 松坂(西武)、松中(ソフトバンク)らが体調不良を理由に辞退者は25人。だからこそ、最初に全員が集まった3日の試合前、第一声で「みんな集まってくれてありがとう」と感謝の気持ちを口にした。
 
 ベストメンバーを組めなくても、ベストに近いメジャー軍団を倒して「WBC世界一」のプライドを保つ。大阪へ移動した6日には、小笠原(日本ハム)が抜けた穴を埋めるため、スタッフから全員の打撃成績のデータを取り寄せ、打率・1割台だった“打線改造”に頭を巡らせた。
 
 「パワーの差は素直に認めるしかない。でも“スモールベースボール”は、日本が完全に上という印象です」
 
 盗塁数は日本の9に対して米国は1。本塁打10発に沈んでも“ヤキュウ”が“ベースボール”より上、という自負がある。今回で最後となる可能性がある日米野球。野村監督は、リベンジの場がない悔しさを必死に胸にしまった。
 
 
阪神井川に米大2冠王ハワード脱帽
2006年11月8日 日刊スポーツ
 
<日米野球:全米7-2全日本>◇第4戦◇7日◇京セラドーム大阪 メジャー2冠王のハワードが、井川に脱帽した。「カーブ、チェンジアップ、速球…非常にいい投手だ」。3回の第2打席は、内角のチェンジアップを空振り三振。第3打席も1死一塁の場面で併殺に打ち取られた。来季はメジャーで対戦するかもしれない井川の実力を認めるしかなかった。
 しかし、打ち取られたままでは終わらない。8回、2番手の福盛から右中間へ3戦連発弾を放った。「(福盛は)いいピッチングだった。でも何とか打ってやろうと思っていた」。ハワードの1発からこの回、一挙5点。シリーズ全勝に王手をかけたのも、ハワードのパワーだった。
 4本塁打は現行方式となった86年以降のボンズが持つ大会本塁打に並んだ。「それは最高。ベリー、ベリー『すごいです』」と覚えたての日本語で笑顔を見せた。「全部勝つつもりで日本に来たからそれが実現できたら最高」。前回全勝の72年前の全米選抜にはベーブ・ルースがいた。今度はハワードが伝説をつくる。
 
 
日米野球(にちべいやきゅう)は日本のプロ野球とアメリカ・メジャーリーグからそれぞれ選抜された選手とが対戦するシリーズ。最近では2年に1度7、8試合程度で、日本国内で開催される。
2004年は『イオンオールスターシリーズ2004日米野球』として11月5日から東京ドームで4試合、その他のドーム球場で合わせて4試合で全8試合行われた。 2006年からWBCが始まったことにより、日米野球に日本のプロ野球選手が出場するのは2006年で最後としたい旨を選手会側が提案しているが、ファンの意見を聞いて最終決定したいという方針である。しかし、日米野球はWBCと出場選手の決め方が根本的に異なり、WBCの選出から漏れたチームのファンや球団関係者など日米野球の継続を望む声もあるため、今後の行方が気になるところである。
出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 2006/11/08
 

 マッタク。

 日本野球にかなりウンザリだ。

 ノムさんは「大きな力の差は感じなかった」と言った。
 きっとそのとおりだ。
 技術的にはそれほどの差はなくなったんだろう。

 しかしファンに対する姿勢、野球そのものに対するプライドには、どうやら圧倒的な差があったようだ。

 今回、それがよくわかった。今まで気づかんかった私らが悪いのかね。

 25人の出場辞退だと。3チーム分だ。

 まあNPBの決めた日程そのものが問題アリなんで、選手ばかりに責任があるワケじゃない……との指摘もある。それはそれでわかるけど、こういう↓理由なら、別にちょっと日程がずれたところでどうなるもんでもないようにも思うしね。

【出場辞退選手】
 
藤川球児投手(阪神)=右肩の治療のため、
岩村明憲内野手(東京ヤクルト)=ひざと腰の治療のため、
松中信彦内野手(福岡ソフトバンク)=でん部の手術のため、
SHINJO外野手(北海道日本ハム)=都合により出場辞退、
松坂大輔投手(西武)=右ひじ痛のため、
福留孝介外野手(中日)=右肩の治療のため、
斉藤和巳投手(福岡ソフトバンク)=右肩の治療のため、
ダルビッシュ有投手、八木智哉投手(北海道日本ハム)=アジアシリーズ出場のため、
川崎宗則内野手(福岡ソフトバンク)=右手薬指の打撲のため
 

 なんかこの日米野球、亀田興毅の試合の後の気分と似たようなものを感じたよ。

 しばらく野球は見たくないね。

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このページは、hietaroが2006年11月10日 00:33に書いたブログ記事です。

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