科学/ニセ科学の最近のブログ記事
「7.5hz」って知ってる?
ななてんごへるつ。
この数字を店名に冠しているラーメン屋まである。
「麺屋7.5hz」は以前は単に「麺屋」という名前だったんだけども、チェーン展開する際にこれでは商標が取れないということで、名前を変えたのだそうだ。
以前この店に「7.5hz」の根拠を聞いたような気がしたんだけどあまりよくわからず、人間の心臓の鼓動が7.5hzなのかな、くらいに思って深くは考えていなかった。
しかし最近ちょっと気になって......というのもたまたま「麺屋7.5Mhz」と記述しているのを見かけて、「どんだけ速い鼓動だ??(^O^)」と。で、「じゃあ7.5hzって正確にはどういう数字だった?」ということでググったというわけ。
7.5Hz (ヘルツ) の意味(公式サイトの説明)
http://www.geocities.jp/menya9_9/
| 7.5Hz (ヘルツ) の意味 人間の心は何処にあるのか? 多くの人は胸を指差すが、実際は脳の中。 心は脳の働きに過ぎない。 今まで心の問題は科学ではなく、哲学的な話として論じられてきました。 しかし科学が進めば進むほど、脳の問題だとわかってきた。 人間の身体は細胞から出来ており、その数60~70兆個です。 その中に量子というものがあり、簡単に言えばヒモの様なものでそのヒモが振動している。 その振動をMRA(共鳴装置)という機械で測ると秩序を保つ波動が7.5Hz。 絶好調だけど少々押さえ気味で、ウトウトしているけど目が覚めている状態が7.5Hz。 これが人間にとっての最高状態。 つまり赤ちゃんなのです。 産まれた時の脳波は7.5Hzで、非常に快適状態。 赤ちゃんは嘆いたり悲しんだり恨んだりは、ほとんど無い。根に持つ事がない。 いつも一定の7.5Hzで生きているそうです。 目がきれい、肌も張りがあり、成長も早い。 そういう脳であれば人間は非常に良い状態で生きているわけです。 さて、大人になってしまった我々が7.5Hzの世界に行く事は出来るのか? 2つの事を実践すれば出来るそうです。 1つは、楽しい事を思い出す事が大事。 それをいつも心掛け幸せ探しが出来るようになると7.5Hzの脳波に近づくそうです。 2つめは、未来に対してより鮮明に具体的にイメージをはっきり持っていく事。 良い事をどんどん思い返す作業と未来を具体的にイメージ化する この2つが大事だという事です。 麺屋7.5Hzの中華そばを日々お客様に提供し、お互い7.5Hzの世界で日々自然体でいきたいものである。 |
え、MRA......?
波動......?
量子......?
「人間にとっての最高状態。つまり赤ちゃん」......?
むううううぅぅ。
で、こういうのを見つけた。麺屋7.5Hzの掲示板。
http://www1.rocketbbs.com/410/bbs.cgi?id=menyabbs&mode=pickup&no=622
|
★ (No Subject) / ようたん。 引用 7.5Hzの説明を読みました。。理解です。 ちなみに、MRAではなくMRIですmagnetic resonance imaging 磁気共鳴イメージ法。ではないでしょうか? No.622 - 2008/06/03(Tue) 20:18:03 ☆ (No Subject) / きぃお 引用 |
で、ここで「参照してください」と言われたリンク先は......、
http://www.hbi-salon.com/salon/mrastory.htm
「波動」だった......。_| ̄|○∠))
江本の名前も出てくる。
MRAを知らない人のために、説明のリンクを貼っておこうとこの↓ページをリンクしようとよく読んだら......。
ニセ医療装置MRAとETAscan(忘却からの帰還)
http://transact.seesaa.net/article/104056391.html
文中の「ニセ医療装置MRAで商売していた人物」という部分に、上記波動サイトへのリンクがあった。(^^; 狭い世界だ。
まあとにかく、MRAはインチキ、波動商売の小道具という理解でいいだろう。
そうか、麺屋7.5Hz、波動さんだったのか......。i||!_| ̄|○i||!
ラーメン自体はうまいけど......やっぱり早めにチケットを消費してしまおう。(破棄するとは言わない。(^O^) 食い物に罪はない)
実は「7.5Hz」で検索すると、引っかかってくる話題はほとんど絞られてくる。
それはだいたい2つに絞り込まれ、その1つが↑の麺屋7.5Hzの「人間の心は何処にあるのか?」から始まる説明。もう1つがこれから紹介する「7.5Hz怪文書」。
しかしこの2つも内容がかなり酷似している部分があり、どちらかがどちらかを下敷きにしたか、あるいは共通の元ネタがある、つまり元ネタはたった1つだと思われる。
「7.5Hz怪文書」というのは、2003~2005年あたり(?あんまり正確にはわからない)に創価学会内で出回ったらしい「怪文書」のこと。私は学会員ではないのでよく知らないが、ネット上の記述を見ると、(少なくとも学会内では)それなりに問題になったようだ。

7.5Hz怪文書
「怪文書」は「信仰をする理由」と題されている。内容は、麺屋7.5Hzの説明のように、「7.5Hzの状態=最高の生命状態になることが大事」という導入から始まり、「南無妙法蓮華経」は「百万倍ありがとう」という意味(!)で、インドの言葉を日蓮が日本に持ってくる際に「最も良い波長」(=7.5Hz)で顕したのが「南無妙法蓮華経」という言葉・発音なのだ......だから題目を唱えると成功できる。皆さん信仰を大事にね......ということになっている。あまりに無茶苦茶なので要約することを脳が拒否してしまってかなり端折っているけども、まあ、うん、そういうことで。
ここにも水伝の陰がチラホラと......。
いくら学会を礼賛するような結論となっているとはいえ、無茶苦茶な論理で礼賛されても迷惑なだけで、当然のことながら学会員からのツッコミも入っている。
ツッコミを入れている方によると、
|
全くのデタラメとしか言いようのない、講演の速記と称する怪文書が出回っています。 怪文書のタイトルは「仏法の科学 ... 科学的な祈りとは」「信仰する理由」など、いろいろです。 (略) このデタラメな講演をおこなった人物も早くから特定できています。ところが、その速記録が、何者かによってコピーされ、その人物の名ではなく、他のいろいろな著名人士の名を騙り、いまや世界中にばら撒かれているという事態になっています。 |
ということだそうだ。
このツッコミのアップデート版?もあった。
怪文書セミナーを破折する
http://www.geocities.jp/heiheikoufu/hajya/7.5Hzkaibunsho.html
この方は全文をアップしていないが、別バージョン?と思われる文書がネット上にあった。
かなり長いが、もしどうしても読みたいというのなら、以下をクリックしてみるがいい。
・怪文書を表示する
うーむ。
結局なんなんだよ7.5Hz。(^^;;;;
「7.5Hz」では他にこんな論文(みたいなの)↓も引っかかったけど、
論文2 「氣」の作用と脳波との関係
http://www.alphacom.co.jp/shiga.fils/sub5.htm
これだって「サトレエネルギー学会シンポジウム発表論文より抜粋」(「サトルエネルギー学会」の誤字だろう)だとか言うし。prz
......ったくどいつもこいつも。(^^;;;;
ラーメン屋の屋号にこんな深い闇が潜んでいようとは。
いやはやまったく。
なあ。
突然食いたくなったものリスト:
- なし
さようなら世界夫人よ /頭脳警察
桑名正博ちゃうぞ。(^O^) メロディがいいんだよなあ。カラオケで歌ってみたいんだけど、さすがにないねえ。
「水は何でも知っている」というフレーズは、「水に何でも聞いてみた」の裏返しなんだよなあ。
聞くなよ。(^^;
突然食いたくなったものリスト:
- 月餅
本日のBGM:
Power And Glory /CHROMING ROSE
私は知らなかったんだけどもシートンは『シートン動物記』は書いてないんだってね。
......と言うとちょっと誤解を生むか。
|
シートンの著作に「動物記」というものはなく、翻訳家・内山賢次による邦訳本が初出となる(ファーブルの「昆虫記」に合わせている)。 |
ということだそうだ。こういう事情だから、こういうこと↓になっている。
| それから現在まで複数の翻訳者・出版社が刊行に関与し、作品の構成・選択は各書籍によって全く異なっている。収録の邦題名が異なっていることも珍しくない。 |
つまり『シートン動物記』という本があったとしても、そこに収録されている話は「各書籍によって全く異なっている」のだと。
小林清之介訳の『シートン動物記』の訳者まえがきにも、
| 日本では、シートンの著作のなかから、動物に関するものだけを一括して『動物記』と呼んでいます。これは原著者のつけた名ではないのですが、覚えやすい、便利な名なので、今ではシートンの作品の代名詞みたいになっています。 |
と書かれている。
へえええ。
シランカッタよ。
......という豆知識(^^)をご紹介しておいて。
『シートン動物記』には「銀の星 ─ あるカラスの話 ─ 」(訳者によってタイトルも違う。これは小林清之介訳)という話があって、「銀の星」と名付けた賢いカラスの話を書いている。
#ただ、この物語自体は彼がカラスについての見聞やエピソードを集めて、「銀の星」というカラスに仮託したものであって、全てが「銀の星」の話ではない。
そこにカラスがお互いのコミュニケーションに使っている鳴き声が譜面で紹介されている。
これが興味深い。
「銀の星」は群れのリーダーで、必要な時には鳴き声で仲間に指示を与える。
例えば、こう。

「異常なし。まっすぐにやって来い」
これを先頭から後方へと伝言ゲームのように伝えていく。
ところが彼らの姿をじっと見ているシートンに気づいた時、「銀の星」は

「気をつけろ!」
と叫んで、高いところに舞い上がる。仲間もそれに続く。
カタカナで音を書いたが、実際、原文でも「Caw」と表記されている。
向こう(トロント)でもカラスはカー(カウ)と鳴くんだねえ。
翌日、シートンは今度は彼らが近づいた時にステッキを高く差し上げてみた。
すると「銀の星」は今度は

「危険だ!」
と叫んで、昨日より高く舞い上がった。
しかしそれが鉄砲でないことがわかると落ち着きを取り戻し、悠々と飛び去っていった。
次の日にシートンは鉄砲を持っていった。それに気づいた「銀の星」は

「大危険だ。鉄砲だぞ!」
と気ぜわしく叫ぶ。仲間も叫び、一斉に高く舞い上がり、鉄砲の弾が届かないくらいのところまで上昇し飛び去っていった。
ある日には彼らの進路にある木の枝にタカがいることがあった。それに気づいた「銀の星」は

「タカだ、タカだぞ!」
と叫んで後続の仲間を静止し、全部もカラスが集まるまで待ち、ひとかたまりになって進行を再開した。スイミーみたいだねえ。(^O^)
ところが今度はまた鉄砲を手にした男が現れる。「銀の星」はシートンが鉄砲を持っていった時と同じく

「大危険だぞ! 鉄砲だ、鉄砲だ。全速力で散らばれーっ!」
と叫ぶ。群れは散り散りになって遥か高くまで舞い上がった。
観察を続けるうち、シートンは「銀の星」のたくさんの言葉を覚えることができた。
例えば

「まわれ右!」
これはタカの時の言葉【危険を意味する】と鉄砲の時の言葉【退却】が組み合わさっている。
他には、

「こんにちは!」
これは遠くにいる仲間に呼びかける挨拶だ。
他にも、

「気をつけ!」
これは↑の「気をつけろ!」ではなく、軍隊で使う「気をつけ!」だという。
この命令を聞いてカラスがどういう姿勢を取るのかわからないけど、シートンはそう言っている。
あるいはこれは、求愛の声だという。

「恋をしている」
トリルを使ってとっても難しい。(^^;
#シートン先生、譜割りが何かヘン......。
いやあ、とても楽しいじゃないか。
これが日本のカラスに通じるかどうかは全然わからないけどねー。
このブログによると、
| ジョギング中、橋の欄干に止まっていた一羽のカラスのそばで鳴き真似したら、なんということか、横っ飛びで寄ってきたことがある。 |
ということだから、日本のカラスにもまんざら通じないでもないようだ。(゚Д゚)
誰か初音ミクあたりで、ひとつ。
カラスといえば、こんなもん見つけてもうた。
|
ゴミ置き場のカラス撃退ネット : 特長
|
(^O^)
カラスの嫌がるマイナスイオンですよ。
マイナスイオンにはそんな性質まであったとは。(^^;;;;;
道理で滝の周りにはカラスがいないはずだね。
カラスの死体が見つからないくらい確からしい。(^O^)
突然食いたくなったものリスト:
- 唐揚げ丼
本日のBGM:
夕立 /井上陽水
写真を整理してたら、こんなのが見つかったよ。prz

これは......

ああああ
ググってみたら、こんなのが見つかったよ。prz
>トップページ>EMライスとは>残留農薬定性検査報告書>波動測定値
http://www.emrice.co.jp/em_2.html
なるほど、ここではEMと波動とマイナスイオンがつながってると。
悪夢のようだ。
このサイトに「EMとは」「EMライスとは」の説明があるが、これでわかったら天才。
http://www.emrice.co.jp/em.html
ほんとは江本勝のイニシャルだったりしてな。
突然食いたくなったものリスト:
- 紅白饅頭
本日のBGM:
Fifty-Fifty /チャゲ&飛鳥
注:このエントリはSSFS大先生について知らない人には何のこっちゃわからんエントリです。知らなくても別に調べる必要はありません。このエントリーはスルーして下さい。面倒なだけで得られるものはほとんどないので。
最近、SSFS大先生が最近元気だ。
全く変わってない......というより、ちょっとエスカレートしている。
春だな。
いやでもまあ、わからないでもないのよ。SSFS大先生が決して譲ろうとしない「オレ解釈」というのは、単純に言えば、
「『マイナスイオン』はドライヤーを筆頭に実際に役に立っているものもある。にも拘わらず『マイナスイオンはニセ科学』という言説はおかしい。そしてそれを訂正せずに言い続けているのは現実を見ようとしない怠慢だ」
というもので、これだけを(無批判に)思い込めば、
「こんな誰にも分かるはずの単純なことが揃いも揃ってわからないのは、菊池誠の言説を『御説ごもっとも』と無批判に受け入れる人たちばかりだからであって、自ら現状を知ろうとしない不勉強な人たちばかり(「一派」「とりまき」)なのだ」
と考える機序は、容易に想像がつく。
こんな簡単なことは普通に考えればわからないはずないのであって、それがわからないのは......ということでいろいろ考えるわけですな。それがこれまでの行動や言葉に表れている。
この「オレ解釈」には実はその前提条件にいろんな勘違いやら思い込みやらがあって、これまでkikulogでもそれを指摘することに何百、何千ものコメントが費やされてきたわけだけども、SSFS大先生はそこへの疑問は結局持てずにここまで来てしまった。
つまり、SSFS大先生に語る側は大先生の「前提」に対して批判しているのに、大先生は前提そのものは疑っていないので、「論」を批判されていると思っているから、実は話は全く通じておらず、お互い相手がバカにしか見えないのだ。
きっとこれからもそうだろう。
「『マイナスイオン』はドライヤーを筆頭に実際に役に立っているものもある。にも拘わらず『マイナスイオンはニセ科学』という言説はおかしい。そしてそれを訂正せずに言い続けているのは現実を見ようとしない怠慢だ」
というステートメント自体はかなりシンプルで、SSFS大先生が疑いの余地を抱けないのは(SSFS大先生の思考パターンから見て)仕方のないことでもあるのだろう。
単純と思うからこそ、それをあえて否定し続ける人の「異常」さがよく見えてくる(気になる)し、その「傲慢」さも見えてくる(気になる)。
菊池さん、天羽さんへの異常な粘着も、彼らこそがその「異常」さ、「傲慢」さの象徴であるからだ。
「見えちゃってる」自分としては、一言言ってやりたくてたまらなくなるんだろう。そりゃそうだ。こんな簡単なことを最高学府の教授や准教授がわからないなんて、おかしすぎる。とすれば、彼らが頑迷で不勉強で卑怯者であるからに違いない......。
そりゃ確かに自分は学者じゃないからネットで情報を集めることくらいしかできない。でもそれを専門家がちゃんとやってくれれば、きっと見えてくるはずなのだ。マイナスイオンの正確な定義なんて、この際後回しでいいじゃないか。少なくともマイナスイオンドライヤーはこれだけ評判がいいのだし、海外だってnagative ionの製品はゴマンとある。これについて語っていれば、そしてそこに専門家が参加すれば、マイナスイオンの定義もちゃんとできることになるだろう......。だからまずその「異常」「傲慢」から目を覚ましてもらわなくちゃいけない。私はそれを今やっているのだ......。
ま、そんなこところ。
出発点がそのあたりなら、結論もこのくらいに落ち着かざるを得ないよね。
とにかく大先生は、「一派」「とりまき」ではなく、一個人としてちゃんと思考した人がSSFS大先生よりも菊池さんの方を支持している(そしてSSFS大先生への支持はほぼない)、そしてそれはなぜか?というふうに問題設定を変えて一度考え直してみていただきたいな。
SSFS大先生、もしこれを読んでコメントをくれる気になったり、どこかでリンクを貼るようなことがあるのなら、その前に以前のエントリ(「SSFS大先生が馬鹿な理由(追記あり)」)で書いた、
あと亀@渋研Xさんの新しいドライヤーはいかんせん安すぎ。それで効果がなくてもしかたないし、あったらめっけものです。 という言葉と 「マイナスイオンドライヤーなんてのは、存在しなくても誰も困らないもの、の典型」(#940)という軽率な表現なんか、2000万人から3000万人が使っている製品の利便性をまったく無視しています。 に代表される、「これだけ売れているのは効果があるから」という言説との言葉の整合性について、是非ともお話しいただきたい。 |
というのと、
|
SSFS大先生は、もしここを見たのであれば、「ほたるいかのかきつけ」さんの以下の問いかけに答えて下さいね。 SSFSさんへ http://ameblo.jp/fireflysquid/entry-10098023096.html |
の2つに回答いただいてからで夜露死苦。m(_ _)m
突然食いたくなったものリスト:
- 時雨餅
本日のBGM:
キモちE / RC SUCCESSION
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☆ 人生は後ろ向きにしか理解できないが、前向きにしか生きられない。 ── キルケゴール。
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先日放映された『ザ!世界仰天ニュース 血液型スペシャル!!』で、こういう話があった。
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<AB型の父 ハワイで大迷惑!!> 2005年4月。 神奈川県座間市に住む加藤範雄(のりお)さんと友子さん夫婦。 友子さんは定年退職したばかり。 そのお祝いに息子家族など合計10名でハワイ旅行を計画していた。 しかしなぜか、範雄さんだけ海外旅行に乗り気でない様子。 先週まで「海外旅行が一番だ」って言っていたはずなのに、 すぐ意見が変わってしまう、まさに典型的なAB型だと、みんなは呆れた。 範雄さんは家族で唯一のAB型。 2005年6月。加藤さん一家はハワイへ。 いざ来てみると、それまで乗り気じゃなかった範雄さんも上機嫌。 ところが3日目の夜・・・大きな音で目を覚ました友子さん。 友子さんが範雄さんに近付くと、範雄さんは完全に意識を失っていた。 範雄さんの体を起こすと、なんと大量に吐血! 友子さんはすぐに救急車を呼び、範雄さんは病院へ。 病室に入った友子さんは、ベッドの上で範雄さんに点滴や輸血パックが付けられているのを見て、 ある事に気付いた。 それは、輸血パックに書かれている「B」の文字。 「Bってもしかして血液型?」しかし、範雄さんはAB型。 これは大変なことだ!間違った地が輸血されたら、血が固まって死んでしまう!? 友子さんは急いで輸血のを止めようとするが、ここは外国。 看護師に言葉も通じず、誰も相手にしてくれない! 果たしてAB型のはずなのにB型を輸血されてしまった範雄さんの運命は!? |
で、範雄さんの運命は......大丈夫だった。\(^O^)/
なぜなら、範雄さんはB型だったから。
範雄さんはそれまで一度も血液型の検査はしておらず、「俺は二重人格だからAB型」とずーっと思い込んでいただけだったのだ。
......。
確かに性格の自己認識からだけで輸血する血液型を決められるくらい確実性があれば、血液型別性格判断は間違いなく役に立つといえるだろう。
でもさすがにそんなことをする人はいないだろう。
まあこの例は極端としても、結局、そういうことを言ってるわけだ。
役に立つ「こともある」程度なら、それは役に立たないのと同じ。
しかしそれでも血液型別性格判断は役に立つ。
それは人生を「後ろ向きに理解」する時。
「○○は△型だからこうするはず」は役に立たないが、「○○は△型だからこうしたのだろう」という解釈はできる。つまり、「ああ、あれはこうだったからか」と納得したい時に役に立つと。数パターンのステレオタイプの雛形と、「■型だけど、▼型っぽい部分もあるんだよね」という例外許容があれば、たいていの過去に対する整合性は(脳内で)作り出せる。
これはあくまでも過ぎ去りし事柄の「理由」を自分が納得するのに役に立つ、というだけのことで、これは精神の安定上、無茶苦茶役に立つ。しかし、(きっと誰もが気づいているだろうけども)これを未来にも応用できると考えてはいけない。
「因果応報」の世界観と共通するかも。
「バチが当たった」は過去にしか適用できない。
そのあたりを混同して、血液型別性格判断は役に[立つ|立たない]と言っても不毛なんだろう。
役に立つ人には役に立ち、役に立たない人には役に立たない。
......って、だったらそれって別に血液型じゃなくてもいいじゃん。
そうですよ。
全然血液型でなくてもよろしです。鰯の頭でもよろし。
だから「役に立つ」とはどういうことを指すのか、はっきりしないと話は通じませんわね。
突然食いたくなったものリスト:
- 筑前煮
本日のBGM:
Baby逃げるんだ / RC SUCCESSION

富乃宝山
うまいらしい。
呑んだことないけど。
それのラベルが、これ↓だそうだ。
#写真はあるブログのものを流用させていただいたが、迷惑がかかってはいけないのでリンクしないでおく。

富乃宝山のラベル
これはいいのだが、気になるのはその裏面。つまり外側ではなく、瓶の内部に向いている面だ。
ご覧の通り瓶の色は茶色だから、ラベルを剥がして見ない限りこの文字に気づくことはない。
これに気づいてブログで紹介しているラベルコレクターさんも何人かいらっしゃったが、だいたい、(滅多に剥がす人のいない)ラベルを剥がす人へのメッセージと理解して、「こういう気遣いって、ちょっとうれしいですね」という反応をされている。
いい話だ。
うん。
ただ......。
うちのブログを読んでいる方のほとんどは、きっとそういう解釈をしないよね......。
このラベル、やっぱり「あれ」の目的にあるんじゃないのか?
ううううううううむ。
結局、人は、物事を理解するのに自分自身の属性を解放することは困難なわけだねえ。
私には「アレ」にしか見えないよ。(^^;;;;
いやはやまったく。
参考:
「水からの伝言」を信じないでください
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/fs/
しかしこれ関連でググってみたら......。
最近IHMは"ロシアのドキュメンタリー映画"、『Water』をかなりプッシュしているようだ。まあ映画に江本も出演しているのだから当然か......。
週に1回(水曜日=水の日)はIHMで、それ以外にも各地で講演会つきの自主上映会を行っている。(⇒映画「WATER」上映会)
この映画の予告編が、これ↓。
WATER予告編(日本語特別版)
江本ブログでも内容が紹介されている。
今年最大の話題 ロシア発のドキュメンタリー映画"水"(水からの伝言)
http://hado.exblog.jp/10253470/
予告編にせよブログでの「紹介」にせよ、映画の要点とはいえ、「水が情報を記憶する」「人の意識によって水が変化する」とはっきりと言ってしまってますな。
あーあ。
突然食いたくなったものリスト:
- なめたけ&ごはん
本日のBGM:
Paraiso /野宮真貴
mzsms さんという方の
というエントリがあって、それに対して、TAKESAN さんが
・「不明確」
というエントリを上げて、そこで提示された疑問に対して mzsms さんがした「説明」からいろいろ話が広がっている。
apjさんも、
・「普通に読んでみた」
というエントリを上げている。
このあたりのやり取りをしばらく読んでみたのだけれど......。
なんか、mzsms さんも、finalvent さんの時(「「偽科学」と「ニセ科学」?(追記あり)」)と同じく、
「疑似科学批判」という語を
科学的な間違い(疑似科学)を《それは科学的に間違っている》と批判すること
や、
単なる「似非科学/非科学批判」
あたりの意味で使ってそうな気がするなあ。(これらは「ニセ科学批判」とは違う)
「あなたの言う『疑似科学批判』とは具体的に何を意味するか?」と尋ねられてきくちさんの文書(「「ニセ科学」入門」)を挙げたことで、みんな「だったらこの人の言う『疑似科学批判』とは『ニセ科学批判』のことなのね」と納得してそのまんま話が進んでいるけども、やっぱりどうにも話が噛み合っていない。
つまり、mzsms さんに対して発話する人は「ニセ科学批判」について語り、mzsms さん自身は「疑似科学批判」について語っていると。
それでも微妙に話が合ったりもするものだから、両者とも決定的な齟齬に気づいていないような。(いや気づいているかもしれない。私が読み取れてないだけで(^^; )
mzsms さんは最後?のエントリで、
|
ただ、ある科学者が科学者としての領分の問題ではなく、その人の個人の意見としてこのような立場に立ち、また疑似科学批判の前提として採用し、さらにその中で表明するということがありえないということは納得できません。実際、エルンスト・マッハは「科学のみが真理であり、検証可能な事実のみが事実なのである」といった立場に近いところにいたはずだと思いますし、リチャード・ドーキンスは宗教を罵倒しています。 |
と述べている。TAKESANさんが指摘している(「混同」)とおり、エルンスト・マッハ、リチャード・ドーキンスのような「ニセ科学批判」をしていない(してないよね?(^^; )人物を例に出すなど、mzsms さんはやはり『疑似科学批判』という語を『ニセ科学批判』という意味では使っていない。
ブコメで、
T-3don ニセ科学批判批判, 幸せになればいいのに 恐らく。ニセ科学批判を限定された非科学批判だと勘違いしている、のじゃないかと。実証の価値はニセ科学側も共有していて、だからこそ「装う」んです。つまり、実証の価値を全面に押し出してもニセ科学は撃てない。
と指摘されたのに応えて mzsms さんは、
|
私は、たしかに、疑似科学批判は非科学批判としては限定されているという視点で書いています。そして、限定されていてはつまらないので、私はもっと限定されていない非科学批判を読みたい、という願望を書いています。それは疑似科学批判に期待するべきことではないので、それは見当違いな欲求だというのであれば、その意味ではご指摘のとおりです。 |
と返答している。
T-3donさん の「ニセ科学批判を限定された非科学批判だと勘違いしている」という指摘はまさに「『疑似科学批判』と『ニセ科学批判』は意味が違いますよ」という指摘なのだけれども、 mzsms さんはそれをスルーして(わざとじゃないと思うんだ)話を進めている。
mzsms さんの返答は、T-3don さんの意図した指摘を理解したものではなく、
「それは(科学に似ているが)科学ではない」という批判(=疑似科学批判)は、(科学に似ているが)という限定をつけなきゃいけない分、批判対象が限定されている。しかし限定されていてはつまらないので、「それは科学ではない」という、カッコ限定のない(科学ではないもの全てを批判対象とする)非科学批判を読んでみたいと書いたのだ」
と、改めて文章の内容の説明をしている。
もし、『疑似科学批判』という言葉に『ニセ科学批判』という意味を読み取らずにこの文を読めば、この内容は普通に理解できるものだ。そう読めばこそ、後でエルンスト・マッハ、リチャード・ドーキンスが例として挙げられることも理解できる。
しかしここで T-3don さんの指摘に反応しなかったということは、mzsms さんはこの時点でやっぱり、「自分が語る『疑似科学批判』という語が、『ニセ科学批判』という意味で読まれている」ということを理解していないということだろう。
# mzsms さん自身は一貫して『ニセ科学批判』ではなく『疑似科学批判』という言葉を使っているので、それだけをとるとこの文章は別に何の誤解も与えないのだけども、前述の通り mzsms さんは『疑似科学批判』の「具体例」として「「ニセ科学」入門」を挙げたのだから、読む側には『疑似科学批判』=『ニセ科学批判』として使っているものと理解されているのだ。だから全然トンチンカンなことを言っているように見えている。
mzsms さんの返答自体はちゃんと一貫していて、これこそが mzsms さんが最初のエントリで
「臆面もなく、科学のみが真理であり、検証可能な事実のみが事実なのであると主張して、宗教や道徳を罵倒するような疑似科学批判をいちど読んでみたいなぁ。」
と書いた理由なのだ。
こんなのが実際にあるかどうかは別として、mzsms さんが「難しい願望を述べただけ。公開されているとはいえ、誰あてに書いたわけでない日記なのだから、それで何か問題があるとは思わない」くらいに思うのは、私には理解できる。
ただ mzsms さんは、この文章が自分が意図したようには読まれていないことを理解した方がいいと思う。
......恐らく「勘違い」しているのは mzsms さんではなく、私たちの方なのだ。
mzsms さんが最初に『疑似科学批判』の「具体例」として「「ニセ科学」入門」を不適切に挙げたことから、ボタンの掛け違いというか、「勘違い」は誘発されている。
もしもこれがなければ、読者が『(mzsms さんのいう)疑似科学批判』=『ニセ科学批判』と勘違いすることはなかったはずなんだ。別の言葉を使ってるんだし。
そういう認識で最初のエントリ「[メモ] 疑似科学批判・批判」を読むと、ずいぶん印象が変わるはずだ。(私は変わった)
なんというか、ほんとに普通のエントリ。
私には「ネガティブな表現」すらも気にならなかった。
で、このエントリを改めて読むとやっぱり、「『いまの一般的な疑似科学批判』って具体的に何よ?」という疑問が湧くのであって、それを尋ねてみたくはなる。そしてTAKESANさんの最初のエントリ(「不明確」)に戻って無限ループになるわけですね......。(^^;
ここでもっと文意に沿った具体例を示してしてくれればよかったのにと思う。
・どうして(自分が意図していない)「具体例」を示したのか?
・mzsms さんが「ウェブで見かける疑似科学批判」というのが、実際はどういうものだったのか?
の2つが疑問として残る。
突然食いたくなったものリスト:
- 牛すじ煮込み
本日のBGM:
Tristesses de la lune(sorrows of the moon) /CELTIC FROST
いいなああ。私ゃこのアルバム『Into The Pandemonium』を、LPで2枚、CDで1枚持っている。<アホ この曲ではわからんだろうけど、HMバンドです。
道路で動物が死んでいるのをよく見かける。
都会では犬や猫が多いけども、田舎に行くとタヌキが多い。
聞くところによるとタヌキはビックリした時に、逃げずにその場で硬直してしまうのだそうだ。
で、道路を横断途中にクルマが来ると、そのまんま足早に渡ってしまえばいいものを、驚いて立ち止まって轢かれてしまうのだと。
可愛そうなやつだ。
本当かどうかは知らないけども。
で。
世の中には「科学」という言葉を聞いた瞬間に硬直してしまう人がいるようだ。
「科学」という言葉が出た瞬間に、「科学教」「科学至上主義」「科学で全てがわかるわけではない」「『科学』の権威を無批判に受け入れている」「科学者は既得権益を守るために『真実』を握りつぶす」「量子力学によって科学は崩壊した」など、カビの生えたような陳腐なフレーズがすぐに頭に浮んでしまい、そのまんま思考が停止してしまう(ように誘導されてしまった)ような人。
その現象(水伝であればありがとう⇒「美しい」結晶)が(漠然としたイメージとしての)「科学」に保証してもらう必要ないじゃない、という「実感」が、その根底にはあるのだろう。(もちろんこれは「科学」への誤認識ゆえだけども)
こういう人が「科学」の前にタヌキになってしまったのは、素質もあるのかもしれないけども、ニセ科学側の事前の働きかけが効いているように思う。(つまり↑のようなフレーズを何度も聞かせるわけ)
科学に寄生しているくせに正統科学を否定することでアイデンティティを保っているところがニセ科学の姑息なところだ。
水伝にしろ、
「そういうことは起こりません」
「起こったらこういうことになってるはずでしょ? (でもそういうことになってないってことは、そりゃ違うってことです)」
というふうに言えば、タヌキさんにも少しは有効なのかなぁ。
「科学」という言葉で、人類と自然とのがっぷり四つの真剣勝負の歴史を示唆させられればいいのに、とか思ってしまうけど、そりゃ無理だよねえ。
結局、地道な作業しかないんだよね。ふぅ。
| かたがくはたきたみがたおたもったてたるたほたどたりたふじんたでもたなけれたばたかたんたぺたきたでもない。 | ![]() |
た抜き言葉と「た」のランダム挿入による擬似暗号文生成
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フリーイラスト集【たぬき イラスト】
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突然食いたくなったものリスト:
- わらび餅
本日のBGM:
Ride On /GRAVE DIGGER
グルタミン酸ナトリウム(他は知らないけど)は砂糖や塩と違って味覚から過剰摂取を認識できないのだそうだ。
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ただし、グルタミン酸ナトリウムの性質として、味覚から過剰摂取を感知できないという問題がある。通常、塩などの調味料は投入過剰状態になると「辛すぎる」状態となり食べることができないが、グルタミン酸ナトリウムはある程度の分量を超えると味覚の感受性が飽和状態になり、同じような味に感じるため、食べすぎに気づきにくく、また飲食店も過剰投入してしまいがちである。その結果、調味料としての通常の使用では考えられない分量のグルタミン酸ナトリウムを摂取してしまう場合があり、注意が必要である。[3]グルタミン酸ナトリウムのうまみは耳かき一杯程度で十分感じることができる。 |
入れれば入れるほどウマくなるというわけではないのだと。
この文章からはどのくらいの量で味覚が「飽和状態」となるのかよくわからない。ググってみても私の能力では見つけられなかった。
ただ、「耳かき一杯程度で十分感じることができる」ということであれば、これ↓はやり過ぎだということになるのかな?

「アイドルのエッチと、ラーメンのうま味」より。
あるいはこれもまだ飽和状態までには行ってないのだろうか。
そのへんのところがわからんことにはなあ......。
#その「飽和感」がたまらん、ということは有り得るとは思う。
まあしかし、特にグルタミン酸ナトリウムに限るわけでもなく、砂糖だろうが食塩だろうが油だろうが、「摂りすぎりゃ体に悪いですわね」というのは間違ってないだろうから、どのくらいの飽和具合なのか知っておきたいところではある。
突然食いたくなったものリスト:
- どて焼き
本日のBGM:
来たるべき世界 /空手バカボン
動画の題名は「なんとあのYMOの「Rydeen (ライディーン)」に歌詞があった(?)」となっているが、ライナーノーツを見てみれば、恐ろしいことにこの曲のクレジットは「作曲:空手バカボン」となっている。某雷電とは無関係のオリジナル曲なのだ! (^O^)





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