感動は誰が作るのか

■2009/06/22 02:40ちょこっと修正

 ちゃんとまとまってないけれど。

 佐藤初女はつめさんという女性のことを知った。
 有名な方らしいのだが、私は知らなくて、ちょい恥ずかしい。

 なぜ知らなかったことが恥ずかしいかというと、この方、日本おにぎり界の巨星なのだ。

 ......いや、これはちょっと......かなり不適切な表現かな。(^^;

 とにかくおにぎりといえば佐藤初女さん、佐藤初女さんといえばおにぎり。そういうことなのだ。

 で、おにぎり好きを自認する私としては、これまで知らなかった不覚が恥ずかしいと。

 で、どんな方なのかと知ろうといろいろググってみた。

 この方が有名になったきっかけは、1995年4月に公開されたドキュメンタリー映画『地球交響曲第二番』で採り上げられたことらしい。

 このサイトでの佐藤初女さんの紹介は、こう。

佐藤さんは幼い頃、教会の鐘の音に惹かれ何度も教会の前にたたずんだという。 老人ホームを訪問したり、様々な生と死の出会いを重ねていくうち 「心だけは人々に与えることができる」と思いたった佐藤さんは自宅を開放 30年にわたり心を病んだ人々を受け入れてきた。
訪れる人が増えていく中、佐藤さんは森の中に憩いの場、やすらぎの場をつくりたいと夢見るようになる。佐藤さんを母のように慕う人々によって、1992年10月岩木山麓に「森のイスキア」が完成した。

 しかしこれではおにぎりと彼女との関係はさっぱりわからない。

 わかるのは初女さんがこの「森のイスキア」で、心のうちひしがれた人たちをもてなし、癒してきたのだということ。

 とはいえ、彼女は何か特別なことをするわけでもない。
 ここ(「特集・インタビュー」)で書かれているとおり、

やってきた人たちに初女さんがすることはごく平凡なことだ。 料理を作り、一緒に食べる。そして話したくなった人の傍らでじっとその人の話に耳を傾ける。言ってしまえばただそれだけのことである。

 そしてその料理?が、おにぎりだというわけだ。
 このおにぎりがたまらなくうまいらしい。
 初女さんのおにぎりを食べて自殺を思い止まった人までいるという。

 そうまで言われれば、「どんなおにぎりなんだ? 食べてみたい!」と思うわね。

 で、さらにググってみると、その全貌がだいたいわかってきた。(^O^)

 作り方自体は後段でリンクを紹介するけども、これが、拍子抜けするほど普通のおにぎりなんだ。
 他と違うとすれば、

食材は特別なものでなく、身近で手に入るものでやっています。やはりそれをおいしく作るというところ、それしかないんですね。

おむすびというのは、日本中どこにでもあり、材料もごくごく簡単なものです。それが映画の中で、どうしてあんなに多くの人たちの心に響いたのか考えてみますと、それは最初にお米を水に浸すところから最後に握るまで、どの部分においても心が離せないからではないでしょうか。

 ということ。

 つまり、とても心を込めて丁寧に作っている。ただそれだけ。

 しかしこれが決定的な違いでもある。
 きっと私にこんなに丁寧に、心を使って作れない。

私の場合はすべてが『食事』に表われているんでないかと。で、おいしいと感じた時に今まで考えもしないことが、ふわっと出てくるんですね。  それは、直感っていうことでもありますが、直感というのも今突然出てくるのでなくて、今まで蓄積されたものが必要な時にぱっと出てくる。それが直感だと思うんですね。今まで奥に入っていたものが 『あっ、おいしい』と思った時に出てくる。みなさんと会っている時にそういうことを感じることがありますね。

食材は特別なものでなく、身近で手に入るものでやっています。やはりそれをおいしく作るというところ、それしかないんですね。食べると心の扉が開いて、順々に話し出してくれる。話していると、自分で答えを見つけていくんですね。

 味の善し悪しももちろんそうだが、この体験はもっと包括的なものだ。

 食べ手は、その食べ物の奥に見える作り手の気遣いや真心、その結果として表れる丁寧さ ── そんなものを感じるからこそ感動もし、「今まで蓄積されたもの」も出てくる。つまり食べ物はいろんなことのきっかけに過ぎず、感動も心も、食べ手の中にある。それを引き出すスイッチを押すきっかけが「おいしい!」であったり、そのおいしさの奥にある作り手の心への洞察なんだろうと。

 『美味しんぼ』(50巻)で海原雄山は、「料理こそ人の心の深奥を突くものだぞ」と言っている。

 これは作り手も食べ手も同じことだ。
 料理は作り手と食べ手、両方の心の深奥を突く。

 そしてこれは何も料理に限らず、「伝える」もの全般に言えることだろう。
 光はどれだけ明るくても反射物がなければただ闇に消えて行くのみだ。

 で、初女さんのことを調べて感じたことというのは......

  • 「うまい」「感動」は、食べ手の内にある。
  • しかしそれを引き出すのは作り手であり、その料理である。
  • うまいものを作るのは作り手だが、それをうまいと感じることができるのは食べ手であって、作り手ではない。
  • 客観的な「おいしさ」があるかどうか、わからない。初音さんのおにぎりと物理的に全く同じものを私が作れたとしても、食べ手が同じように感じるかといえばまた違うはず。食べる環境や、食べ手それぞれの素養・性格・経験......(つまり大袈裟に言えば「人生」)が、その味をうまくもさせ、不味くもさせる。
  • 料理は目の前に運ばれた、膳に乗ったものこそが作り手と食べ手との接点ではあるけれど、それをただ「味」とかの情報だけで捉えるのは、料理というものの矮小化かもしれない。
  • 食べ手は「うまいものを食べさせてやろう」と思い、食べ手はその心を感じる。この2つが揃ってうまいものはできあがる。どちらが欠けてもうまいものは存在できない。

 みたいなこと。あんまり整理できてないけど。
 どうしても、ラーメンを思い浮かべながら考えてしまう。(^^;

 「うまいものを出してやってるんだ」も、「カネ払うんだからお客様だぞ。どう食っても勝手だろ」も、やっぱり違うんだよね。

 
☆ 演奏している人が音楽家なのではない。感動する心が音楽なのだ。

── 早川義夫。Webサイト『早川義夫公式サイト』より。

☆ すごい人がすごいのではない。嫌なやつが嫌なのではない。そう感じるのは、自分も同じものを持っているからだ。ゆえに、すごいと思う人がすごいのだ。そうでなきゃ、僕は一生ホームランを打てないことになる。

── 早川義夫。『朝日新聞』読書面「カジュアル読書ポケットから」「感じる言葉はすうっと入ってくる」より。
 

 で、初女さんのおにぎりの作り方だけども、↓のサイトに詳しい。

 ググってみると、命の波動だとかマクロビオティックだとか、結構「すれすれ」を感じる採り上げられ方をされているサイトもあるのだけども(^^;、おそらく御本人は至って普通の方なんだろうと想像している。むしろそういう方面の方々がおのおの勝手に初音さんを自分側に引き寄せて語ってるんだろうなあ、と。

 初音さんは髪の毛を紫に染めている、普通のオシャレなばあさんのようだし。(^O^)

突然食いたくなったものリスト:

  • おにぎりと玉子焼き

本日のBGM:
Warrior /RIOT

ちょいと小耳に挟んだのだけれど、RIOTが『Thundersteel』当時のメンバーで来日するらしい。これは行かにゃならんわなあ。うむ。......といいつつ、「Warrior」はこのメンバーのものではないのだけどもね。この曲は日本人だけには(^O^)受けがよく、当時の普通のB級アイドル(五十嵐夕紀)にまでカバーされるというステキな曲だ。ついでに本城未沙子による日本語カバーも貼り付けようと思ったけども、YouTubeにもそこまではなかった。




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コメント(4)

うえっち :

やばい、
美味しんぼうをまた読みたくなって来た。

ぴっけ :

私は心も貧しくヒネテいるから、すぐこんな事を思ってしまいます
彼女は、どこで食費や家賃や光熱費を得ているんだろうかと・・
この手の話は、命のスープに似て、苦手です
 
でも、同じ食材を使っても作り手が替ると、美味くも不味くもなるのは、毎日経験しています、その大半は、技法的な違い(手間や段取り)のようです。 しかし困った事に、うちの栄養士さんは理解出来ないみたいなんです。

FSM :

すんません、本文の方にではないのですが。

五十嵐夕紀の、出だしで「おっ」と思った瞬間、歌が入ってズッコケました。(^^;;
「ぅうっわっさっをしんじちゃ いっけっなっいっよっ」で歌えそうな。(^^;;

あまりにズッコけたもんで、つい。

管理人 :

>うえっち

アレしたので、ナニしてください。(^O^)


>ぴっけ さん

ああ、別に偽善者でも何でもいいんですよ。もちろん。
そういう部分が崩れると困っちゃうほど夢見る少年でもないです。(^O^)

本文に書いたとおり、感じるのは結局は(作り手ではなく)食べ手の方の内面の問題だと思うんですよ。

しかしそれでも、料理というのは作り手のハートは必須だと思いますねえ。


>FSM さん

>「ぅうっわっさっをしんじちゃ いっけっなっいっよっ」で歌えそうな。(^^;;

うわ、ほんまや。(^^;

お色気路線?みたいになったような歌詩と節回しなんですが、となると行きつく先はみんな山本リンダになってしまうんでしょうか。(^O^)

レコジャケは明らかに健康的路線ですし、そういう、路線の中途半端さがアレンジにも現れてるってことなんでしょうね。

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