批判すること
見つけてしまったし、とてもいいので、やっぱりいいものはいいと言っておかんといかん。
少し古いエントリになるが、地下に眠るMさんの「なにものよりも おのれ自身に擬する銃口を」(地下生活者の手遊び)を読んだ。
私は以前、当時見たいくつかのブログでのこの人の立ち振る舞いと、いくつかのエントリの論旨を見た上で、「いろいろ」(2008年3月25日)というエントリで、
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この人は、どうやら自分が考えている(かなり普通の)ことを、周りの人間はわかってないと考えているのですね。
実はみんなもとっくにわかってるんだけど、それには気づいていないみたいだ。
となると、こんな簡単なことがわからないこいつらはみんなバカばかりだ......そう思うのも無理はない。
これでこの人の行動の理由がよっくわかった。 要は「世間知らず」なんだな。 てことは、ガキってことか。 |
と評価しており、これについては本人からも
| ここで言われているM氏とは僕です。すてき! |
というステキなはてブコメントをいただいておったわけだ。(^O^)
私はあの時の評価を変えるつもりはないけれど、だからといってあの時の評価をここに持ち込む理由もない。
まあ本人は「こんな輩に賛同されても立つ瀬がにゃー。」と言うかもしれないが。まあ、それでもいいや。
で、このエントリ。
経緯はいろいろ複雑なようだが、自分が過去にやった論争について、誰かがその論争について言及しているエントリを上げていたと。で、その中で自分の論敵になった人物への評価が書かれていたのだが、それがこんな↓具合だったそうだ。
| そうそう、これ書いてからちょっと上の人のブログを遡って読んでみたんですがまぁこれは... なんだろうこのキモいまでの日本社会への敵意。 在日なの? これだけ嫌いならとっとと出てけばいいのに。 僕も社会不信なところはあるけどさ、どう考えたら北朝鮮がパラダイスに思えるのか分からない。 あの国のパフォーマー達の不自然な笑顔が全てを物語ってないか? 感性がやばいぞ。 |
これに対して、地下に眠るM氏は、この論敵が敵意を向けたのは日本社会ではなく、ある種の「かんがえかた」に向けられたものだと説明した後、「一般論」として以下のように述べる。
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ある日本人がおり、生まれた時からいままでずっと日本の社会に生きているとするにゃ。彼にとって社会とは日本の社会であり、社会に対する批判的思考というのは、当然ながら日本社会に対する批判的思考になるのが道理だよにゃ。批判的思考力を持つ日本人であれば、日本社会を批判することになるのは必然であるのに、日本社会を批判すると「在日認定」、つまり「非国民」呼ばわりする輩は後を絶たにゃー。頭蓋骨にウンコでも入ってるんだろか? 自らに向かうものでなくては批判とはいえず、批判こそが思考の核であることをかんがみるに、この手の連中が否定しているのは、考えることそのものなのだにゃ。 思考することを知っているものであるのなら、日本人であれば日本を批判し、男性であれば男性を批判し、異性愛者であれば異性愛者を批判するはずだにゃ。それが考えるということの核心にあるはず。 |
まったくその通りだと思う。然り。然り。
最近よく聞く「日本が嫌いなら出て行けばいいのに」系のモノイイの多くが、この「考えることを拒否」の姿勢を根底に持っているように思う。
何となくは感じていたけれど、何となく感じることとそれを言語化することは雲泥の差がある。
いい言葉を聞かせてもらった。
突然食いたくなったものリスト:
- ういろう
本日のBGM:
あの娘のウェスタン・ガール /THE NO COMMENTS
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