20年の時を超え

 今さら感があるものの、書いたまま上げるのを忘れていたのと、トラックバックするのでちょっと書き換えて。

秋葉原通り魔事件 ? 人生はリセットできない」という、実にニンともカンともなコラムが街の話題を独占(^O^)している今日この頃ですが。(いや、もう数日前の話(^^;;)

(略)

 土浦市のJR荒川沖駅構内で通り魔事件を起こした金川真大容疑者同様、今回の加藤智大容疑者もゲームに影響されている面がある。

(略)

 日本では米国ほどシューティングゲームが盛んではないようだが、相手が仮にモンスターといえども、小学生の時代から相手を殺すゲームを続けていたら、人殺し感覚を学習してしまうと思う。

 トラックで人混みに突っ込み、ためらいなく人を刺し殺すのは「ゲーム感覚」としか言いようがない。ゲームの中では何の責任もない。殺しても何をしてもリセットすれば、元に戻る。

 バーチャル空間であまりに長時間、長期間、それを繰り返すと、仮想と現実の区別がなくなり、現実空間でも同じことをしてしまうのではないだろうか。

 加藤容疑者を見ていると、驚くほど無責任な振る舞いには、そのことが原因の一つであるとしか思えない。

 ゲームは何回でもリセットできるが、人生はリセットできないのだ。人を殺してしまってから、ことの重大さに気づいても取り返しはつかない。

(略)

 だそうですよ。21世紀も到来して何年も経つこの御時世に。

 しかも書いてるのはセキュリティ機器メーカーの社長さんだ。

「相手が仮にモンスターといえども、小学生の時代から相手を殺すゲームを続けていたら、人殺し感覚を学習してしまう

「トラックで人混みに突っ込み、ためらいなく人を刺し殺すのは「ゲーム感覚」としか言いようがない

「加藤容疑者を見ていると、驚くほど無責任な振る舞いには、そのことが原因の一つであるとしか思えない

 大した根拠を示さずに断言することにためらいを感じないタイプの人なんだよね。

 暗澹たる気分になる。

 次の文章は、1985年前後に書かれたコラムの一節。

☆  さて、例のT大生の心中にはもう1つの側面がある。
 心中を計った2人は情報科学科に学ぶ学生だったのである。
 当然、各紙の見出しには「待ってました」とばかりに「パソコン世代」「デジタル」といったような術語が踊った。
 記者としても過疎の村の一家心中を書くときよりはペンに力がこもるのだろう。
 実際には採用されなかったが「T大カップル、オーバーフロー」「ハッカー、自らをデリート」「恋のイリガルファンクションコール」ぐらいの見出しは、整理部のデスクでは検討されたと、私は思う。
 ともかくこの事件を扱った各紙の記事に「リセットボタンを押すみたいに簡単に......」といったような論調が露骨にうかがえたのは事実だ。
 言うまでもないことだが、人間にはリセットボタンはない。
 RAMも拡張できないしコマンドリピートもきかない。
 だからといって、コンピュータ関係者が、ちょっとしたトラブルを持ちこたえられない人々であるといったような短絡が可能なものだろうか。
 可能だ。
 事実、新聞は見事に短絡してみせた。
 デジタル世代のエリートたちの心中。
 報道というのは別の言葉でいえば短絡なのだ。

── 小田嶋隆『我が心はICにあらず』より。

 この時代は「おたく」という言葉も生まれたばかり、ここで言う「パソコン」上で動いているOSはもちろんWindowsではなくMS-DOSだったりCP/Mだったり、いやN88だったり、もちろん世の中にwwwは存在せず、「ハッカー」はアセンブラを扱った。そんな時代。

 この時代のマスコミが見せた「わけわからんパソコン文化」への「短絡」と、20年以上の時を超えた「わけわからんゲーム文化」へのこの社長さんの短絡。
 違うところがあるだろうか?

 なぁんの進歩もない。

 個体発生は系統発生を繰り返す。(←意味なし)

 何だこの、ぐるぐる感は?

 そのコラムに寄せられたコメントの中にあった、

この事件の犯人は「人生はリセットできない」事を理解していないのではなく「人生はリセットできない」事に絶望して事件を起こしたように見えたんですが...。

 という言葉に「なるほど」と思った。

 あと、産経新聞がこの事件を受けて行なったアンケート「今回は「秋葉原の無差別殺傷事件」についてお聞きします」(←かなり恣意的な質問設定に話題集中(^O^))なんてのを見ると、20年進歩してないのは何も団塊脳だけではなく、メディアそのものも同じことだってのがよく解る。

 私はこれのアンケートの話題の中で見つけた2ちゃんねるのコメントを、「なるほど」と思った。産経やセキュリティ会社の団塊脳の妄想も、この一言でFAじゃないのか。

現実にある武器がゲームに登場しているのであって、ゲームの武器が現実にあるわけじゃない。どっちが現実と虚構の区別がついてないんだか。
 

 この人の意見って、結局、私がたまに

「キュウリは緑のうんこ」

 とか、

「YOSAKOIソーランは下品」

 とか言うのと同じレベルなんだよね。
 「嫌い」という以上の意味はないんだろう。

 でも私も、さすがにこんな公の場所のコラムで堂々とこれを「主張」しようとは思わないよ。(^O^)

 それをやっちゃったのねこの人。

 この記事のトラックバックされていた↓のエントリが面白かった。

 こういうふうに書けたらいいのになあ。

秋葉原通り魔事件 ~ 人生はリセットできない(翔ソフトウェア (Sho's) Fujiwo の日記)
http://blog.shos.info/archives/2008/07/post_343.html

根拠が滅茶苦茶。その後の推論も滅茶苦茶。

※ これらには、

  1. A は X だ。
  2. B も X だ。
  3. だから、A は B だ。

という誤った推論が多用されているのだ。

誤った推論の例.

  1. キリンは空を飛ばない。
  2. アワビも空を飛ばない。
  3. だから、キリンはアワビだ。

ちなみに、コラムの方は、更に各命題も根拠に乏しい主観による決め付けなので、
  1. アワビは美味い。
  2. キリンは食べたことがないがあの色からして美味いに違いない。
  3. だから、キリンはアワビだ。

位の勢いだ。

 これも面白かったので追記。

[オタク]人生はリセットできないのか(長屋の花見~ほうじ酒~)
http://d.hatena.ne.jp/syaki/20080709#p2

松村氏は、残酷なゲームを発禁にすればこの問題は解決する、と言っているが、論旨がずれている。ここは「人生をリセットしたくなったら、誰でも自殺できる世の中になればいい」と結論付けるのが自然では。

 確かに松村氏の論理を普通に展開すればそう落ち着くべきだと思う。

 そしてもう1つ、このブログ主はイイコト言った。

さて俺の知る限り、絶望しない限り、人生はリセットできる。
 

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このページは、hietaroが2008年7月15日 15:30に書いたブログ記事です。

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