熱いスープは汁麺類の必須条件か?
TAKESANさんのブログの「もやし」というエントリにコメントしようと思ったんだけど、ちょっと本題(^O^)から外れてるのでこちらにザクザクと。
関西と関東の、ダシを飲む干すかどうかの違いについて。
前にも書いたような記憶があるけど、気にせずに書く。(^O^)
これは「(関西ではなく)大阪のうどん」に限った話ではあるけれど。
確かにかつて、大阪のうどんは「ダシを飲む」という文化だった。
ところがどうも、大阪のこの文化の中身は変わってきているように思える。
いや、飲むことは飲むんだけども。
よく汁麺類に関して「スープがぬるくてダメ」といった非難をする人がいる。私の場合はラーメンで聞くことが多いけども、うどんでもたまに聞く。
でもね、「ダシがぬるくてダメ」って感覚は、本来、関東由来の感覚なんだ。
鰹ダシはグラグラと煮立てればとれるけど、昆布ダシは煮立たせないようにじっくり時間を掛けてとるもんだ。
つまり、関西と関東ではダシの温度が違うわけ。
で、大阪のうどんでアツアツなのは、麺。グラグラの湯の中で麺を若干長時間、やわ目に湯がいて、そいつを昆布ベースのダシに入れて、麺をフーフー言って食べるのが本来の大阪のうどん。
つまり、熱いのはダシではなく麺。
だからダシはゴクゴク飲み干せる。
ところが今の大阪人はそんな話なんて知らないし、実感としてわからないから平気で「ダシがぬるいよ」とか言っちゃう。テレビとかで関東経由で入ってくる情報を鵜呑みにして、そんなもんだと思ってるから。「ああ、ダシというのは熱いものなんだ」って。ダシが熱くない=うまくないっていう価値観をまず先入観ですり込まれてる。
店は楽だよね。グラグラと煮立たせておけばいいんだから。
で、「大阪のうどんはうまくない」なんてことになり、大阪人自身もうどんから離れていって、今はうどんと言えば讃岐うどんになっちゃった。
こうやって文化は壊れていくんだろうなあ。
#......そういえば落語のネタで、江戸と上方の両方に「時そば」「時うどん」というネタがあったと思うけど、あれって江戸の方も飲み干したっけ?
ラーメンも同じことで、これは関東の事情は知らないけども。
「スープがぬるい」ことイコール「ダメなラーメン屋」という脊髄反射をする人は、一般の人(^O^)に限らず、ラヲタ(「ラーメンオタク」の略)にも意外と多い。いやむしろラヲタにこそ多いかも。
いや、確かに熱けりゃ熱いほどウマいタイプのスープは厳然として存在するけど、それは結局のところスープの個性だ。
あるいは関西は北海道じゃないんだから、脂を浮かせまくって表面に膜を作って、最後までアツアツなまま冷めずに食べられる、なんてことをやらなくても大丈夫な気候だ。それはそれでおいしいけども、必須の条件じゃない。
結局のところ、「スープは熱くないと」という余計な知識に振り回されているだけじゃないのか。
「熱い方がうまいスープは、熱くして出してくれよ」
というのが正しい?姿勢だと思うのだが。
というわけで、「スープがぬるい」で即「ダメなラーメン屋」という評価を下してしまうラヲタさんは、どないなもんですかねえ、と私は思っている。
そしてそういうことを平気で書くサイトの評価があんまりアテにならないのも、まあこれは経験的にではあるが、事実。
「俺の好みに合わん」
だったら問題ないんだけどねえ。
突然食いたくなったものリスト:
- カスタードシュークリーム
本日のBGM:
よどみ萎え、枯れて舞え /SOUTHERN ALL STARS
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きっとこれって、「わかりやすい紋切型の基準を設定して、そこに準拠して安直に白黒つける風潮の発現」なんでしょう(と、なんでも自分の論点に引きつけて解釈してみる)。
ところで大阪では「つゆ」を「だし」と呼ぶんでしたっけ?
博多では「すめ」ですが。
「時そば」もおつゆ、飲みます。飲み干します。
演者によっては、最初の客は「熱くっていい」と誉めるのですけど、真似をしようとした男は、誉めようとしたらぬるくて戸惑っちゃう、かろうじて「胃にいい」……なんていうくすぐりにつなげることもあります。
でも、これは「時うどん」からいただいているのかもしれませんね。
ぼくは青森の出のせいか、「かけ」系「汁」系は熱いのがいいなあ。でも、出汁によっては「風味が飛ぶから煮立てちゃダメ」ってのがありますよね、それはわかることはわかる。
ついつい「西の文化に東の文化が影響されている」なんて思うことが多いんですけど、江戸期以降は逆も起きてるんでしょうね。先日見た新聞記事でも、九州や中国地方でも一部では雑煮が丸餅にすまし汁なのだそうで、それは参勤交代の影響ではないかと学者が言ってる……なんて話が出てました。
>poohさん
>「わかりやすい紋切型の基準を設定して、そこに準拠して安直に白黒つける風潮の発現」なんでしょう
(^O^)
そうなんでしょうね、実際。
ほんとは「自分の舌」を最優先させるべきだとは思うのですけど、こと味覚に関してはかなり「情報」に左右されますので、そういう「紋切り型の野基準で楽する」誘惑に負けている自分がいるという自覚くらいは持ちたいなぁ(^O^)と思います。
>ところで大阪では「つゆ」を「だし」と呼ぶんでしたっけ?
あれ? どっちだろう?
両方言うような気がします。
うどんは……ダシだなあ。
そばは……ツユかな。
そうめんもツユか。
いや、でも……。
うーん、両方使います。きっと。
ちなみに大阪南部(河内)では、「シル」という女性が多い。(^O^)
>亀@渋研Xさん
>「時そば」もおつゆ、飲みます。飲み干します。
:
でも、これは「時うどん」からいただいているのかもしれませんね。
ああなるほど。
となれば、ちょっと文化としては疑問が残りますよね。
落語家さんに聞いてみたいですねえ。
……でも、若い人だと知らないかな?
そうか、米朝師匠か。
>ついつい「西の文化に東の文化が影響されている」なんて思うことが多いんですけど、江戸期以降は逆も起きてるんでしょうね。
いや正直、関西の文化は死に体ですよ。
独自文化を担えるほどの度量がなくなってるんだろうなと思います。
http://taizo3.net/hietaro/2007/09/post_16.php
ここ↑に書いた話なんかほんとに象徴的で。
記憶で書いちゃいますけど、「時そば」も以前(といっても昭和の後半)から、汁をすすって「こいつぁ、ダシがきいてらぁ。大将、かつお節をおごったね」なんていうのは出てくるんです。でも、書籍に残っているようなもの(ってことは、おそらく大名跡の口跡を基本にしたもの)では、確か飲み干したりはしていないです。ひょっとすると、熱いのをほめたりもしていないかも。
うちにカアチャンの文庫の古典落語があるはずなんだけど、整理が悪くて見つからない(汗
関西文化に押されているという感覚は、もっぱら言葉なんですよ。しかも、江戸文化というか東京文化というか山の手文化というか、そういうのが消えて関西由来の言葉が「全国区の言葉」として増えているという印象。
「ど真ん中」「ら抜き言葉」なんてのが代表かなあ。
落語も「話」芸だから……ってわけではないですが、上方落語と江戸前落語(っていうのかな?)の混交が進んでいると思いますが、なんか上方の要素を東京の噺家が取り入れていることが多いんじゃないかなあ……なんて、高座に足を運びもしないくせに先入観で言っちゃってるところがあります(^^;;
でも、実際のところ「テレビが作る均一化」としては、東京発のものが全国に浸透することの方が、よっぽど多いはずですよね。特に独自性の弱めな辺縁では顕著でしょう。
そうすると関西文化圏でも、「東京の影響を受けた辺縁」からの影響で、関西コアに関東風が入り込む、なんてことが起きているに違いないなんて思います。
しかし、「手ぶり」のような“伝統”が消えて行っているのは、こりゃもう、東西を問わずでは(^^;;
>亀@渋研Xさん
時そばはなかなか奥深そうですね。
いつ頃から飲み干すようになったか。(^O^)
こういう変化というのはどうやって調べればいいのかなあ。
ワッハ上方にあるんだろうか。(^^;
「ど真ん中」「ら抜き言葉」っていうのは関西由来の言葉だったんですか。あらららら。
>上方落語と江戸前落語(っていうのかな?)の混交が進んでいると思いますが、なんか上方の要素を東京の噺家が取り入れていることが多いんじゃないかなあ
というのは、どうなんでしょうね。
こういうのって、一番影響が大きいのは「誰に稽古をつけてもらうか」なんだと思うんですが、東西を横断して稽古をつける、ということってあるんでしょうかね。いや、私もまったくそのへんの事情は知らないんですが。
>そうすると関西文化圏でも、「東京の影響を受けた辺縁」からの影響で、関西コアに関東風が入り込む、なんてことが起きているに違いないなんて思います。
あ、それはあるでしょうね。
ひょっとしたら関東の方は「関西以西はみんな関西文化圏」的な印象を受けているかもしれないんですが、実は関西文化圏はそれほど広くありません。
要は関西ローカルテレビ放映圏ということですが(^^;、
中国、四国であっても吉本新喜劇を見たことがないという人は普通にいます。
「手ぶり」の話は、そういう意味ではなく、大阪人はそんな古臭いものに一番最後まで固執して懐かしがるようになってしまった、東京より名古屋よりも先にコンピュータを導入しなかったことこそを惜しめよ、300年前の大阪人の先進性はどこへ行ったんだよ、という意味です。
要は、現在の大阪の文化はかなり「ヘタレ」になってる、と。┐(´~`)┌
わ、わあああああ!???(@@)
東西落語特選 時うどん
http://www.niji.or.jp/home/dingo/rakugo2/tokiudon.html
>『時うどん』の歴史
>原話は『軽口初笑』(1726年)にある。上方の『時うどん』が
>明治時代に三代目柳家小さんが東京に移植して『時そば』となった。
ほ、ほんまでっか?(@@)
あらららほんまかいな。
うーん、ダシは飲み干すにしろ、鰹ダシ云々はいいにしろ(上方のうどんダシは昆布と鰹の合わせダシです)、熱い云々というのがありますねえ。
ほんと、これは確かめる必要があるなあ。
>>>原話は『軽口初笑』(1726年)にある。上方の『時うどん』が
>>>明治時代に三代目柳家小さんが東京に移植して『時そば』となった。
たしかに二八の十六文そばと言えば安い外食の代名詞ですから、それをさらに相手を騙して値切るというのは、滑稽譚にしてもしみったれていてあんまり江戸前の発想ではないような気がしますね。
今の東京の人を基準に考えてはいけないと思いますが、昔からの地附きの東京人は足を使って安いところを探すのは好きですが、しつこく値切りを掛け合うのはみっともないという感覚があるように思いますし、落語なんかでも江戸前の噺はむしろつまらん見栄を張った失敗談のほうが多いという印象があります。いや、実例を挙げろと言われたら途端に返答に窮するほどの知識なんですが(笑)。
ただ、リンク先の枝雀の噺の「二八の十六文」というのはsらに関東の時そばから逆輸入された言い回しではないかと思います。これは「二八そば」から来ている通説ですので、うどんだと「二八の十六文」が洒落になりませんから。
>たしかに二八の十六文そばと言えば安い外食の代名詞ですから、それをさらに相手を騙して値切るというのは、滑稽譚にしてもしみったれていてあんまり江戸前の発想ではないような気がしますね。
確かにそんな気がしますね。
壺算などもいかにも上方っぽい気がしますが、どうでしょう。
>落語なんかでも江戸前の噺はむしろつまらん見栄を張った失敗談のほうが多いという印象があります。いや、実例を挙げろと言われたら途端に返答に窮するほどの知識なんですが(笑)。
東京に行った時に河鍋暁斎記念美術館で河鍋楠美さん(4代続いた江戸っ子(^O^)だけど、今は蕨市在住)とお話ししたときに感じましたが、確かにそれは江戸っ子の発想ではないような気がします。
「お金なんて二の次」というのが色濃くにじんでおりました。(^O^)
>ただ、リンク先の枝雀の噺の「二八の十六文」というのはsらに関東の時そばから逆輸入された言い回しではないかと思います。これは「二八そば」から来ている通説ですので、うどんだと「二八の十六文」が洒落になりませんから。
なるほどなるほど。