「知性」とか「理性」とかの名言1/1
これの次は「知能」です。
当サイト内の<今号の名言>集より。
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☆ 理性は空想を厳戒し、感情は問いつづける。 ── 増谷文雄『仏陀 -その生涯と思想-』より。
☆ 知性はしばしば情熱の奴隷なのである。 ── 加藤尚武『ジョークの哲学』より。
☆ 自分側の都合を通すのに、君のためだ、なんて言い方は大変卑怯ですし、相手の知性を見下げた言い方だと思います。 ── 森博嗣『冷たい密室と博士たち』より。
☆ 世の中を少しでも住み良くしてくれるのは、『自分は間違っているかも知れない』と考えることのできる知性であって、『私は正しい』ことを論証できる知性ではない。 ── 内田樹『ためらいの倫理学 戦争・性・物語』より。
☆ 活字と無縁であることを"「《高感度人間》」"を気取る根拠にしているような者どもが実はただの愚鈍であり文盲であることは言を待たない。また、「『ゲーデル、エッシャー、バッハ』買ったけど読んでないんだよね~(笑)」などと得意気にほざいてみせることが逆説的な《「"知"」》の証明になるとでも思っているヤカラこそが知性コンプレックスの権化であること、これも今や常識であろう。 ── 山崎浩一『退屈なパラダイス』より。
☆ 男が知性にしがみつくっていうのが、遠いことのように思えてきて。楽しくなるとか、生きてるって感じじゃなく、しがみついてるって感じでしょ。コンピュータとかも、それに振り回されてるんじゃなく、まず知識に振り回されてるって気がするし。 ── 遠藤ミチロウ。立ち読みなので、正確さは保証しかねる。
☆ ものごとに驚き、不審を抱くことが理解への第一歩である。それは知的な人間に特有なスポーツであり、贅沢である。だからこそ、知性人に共通な態度は、驚きに瞠(みは)った目で世界を観るところにあるのである。しっかりと開かれた瞳にとっては、世の中のすべてが不思議であり、驚異である。この驚嘆するということは、サッカー・プレーヤーには与えられていない喜びである。知性人は、この無上の喜びに駆りたてられて世の中を彷徨し、観想者(ビシオナリオ)としての絶え間ない陶酔にひたるのである。彼らの属性は驚きの目なのだ。だからこそ、古代人は、梟というつねに目を光らせている鳥をミネルヴァの付き物としたのである。 ── オルテガ『大衆の反逆』より。
☆ 真理の発見にもっとも大きな妨げとなるものは、事物から発して人を誤謬に誘いこむ偽りの仮象ではなく、また直接には知性の弱さでもない。そうではなくて、それは先入観、偏見であり、これが一種の似而非ア・プリオーリとなって真理を妨害する。そのときそれは、船を陸地が横たわる唯一の方向から押しかえす逆風のごとく、かくては舵や帆のはたらきも無駄なことになる。 ── ショーペンハウエル『知性について』より。
☆ 『意欲』は欲望の一種であり、理性の支配の及ばない大脳辺縁系で発生するから、理性を介して意欲を起こすことはできない。 ── 佐々木勤『医科大学の危機』より。『医学教育』1997.No.4所収。
☆ 物理学は理性でなく、感性。分析力でなく、直観的に考える。 ── 発言者不明。雑誌『AERA』より。
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