某所で見た「科学は権力」というフレーズが気になっている。

 その場でその人がその言葉で言いたかった意味はよくわからんかったのだが(^^;、フレーズとして気になって、ちょっと考えてみた。
(だから別に「あそこでこの人が言いたかったのはこういうことじゃないか」みたいな考察ではなく、だから以下はそのブログエントリで出た話とは一切関係がない)

 このあたりの言葉は、結局、他人に伝えようとすれば「科学とは」「権力とは」という内容を合意しておかない限り議論は成り立たないと思う。
 といいつつ私自身はとりあえずそんな定義を置いたまま(^^;、進める。

 例えばこういう考え方ができる。

 科学というのは非常に非情(^^;だ。

 AであればBという強固な対応の上で成り立ち、どれだけ泣いてすがってもA⇒SやA⇒Lという流れは排除される。
 そしてそれが再現性がある(いつでもA⇒Bが成り立つ)からこそ科学は科学たり得る。

☆ 思い通りにならない自然の、都合の悪い真実と向き合う心の準備が出来た人にしか、科学は受け入れられないんですよ。

── 天羽優子。某ブログコメント欄より。
(天羽さん、連続で引き合いに出して申し訳ありません。m(_ _)m )

 これが別の分野であれば、「うーん、まあSって見方もできないでもないねー」「確かにLでもあるね」、あるいは「いや、別にSだろうがLだろうが、あるいはZであってもいいんだよ」「この前はBだったけど、今日はQですよ」なんてことが言えたりする(こともある)。

 それに比べて科学のこの融通の効かなさというか、このAからBへと向かう問答無用の、他の可能性を排除する強制力(?)を、「権力」と呼べば呼べないこともないかなあ、とか思ったり。

 つまり、A⇒Bはそれはそれでいいとして、同時にA⇒SやA⇒Lが排除される、しかもそれは人に都合のいいものであるとは限らない(というか、大抵は違う)という不寛容(^O^)が、耐えられない人には耐えられないのかなと。

 いや、だからこれは言葉の定義の問題であって、我ながらこれをあえて「権力」と呼ばねばならん必然性は感じないけども(^^;;;、まあ言葉はどうあれ、こういう科学の「冷たさ」「不公平さ」(?)は普遍的なものではなく科学独特の特徴であり、それがどうにも腑に落ちない人がいるということは明確に認識しておいた方がいいのかもしれない、とか思ったり。(^O^)

 ↓こんなのと通じる話かな?

☆ ことばがことばであってしまうこと ── ここではわたしたちがことばをしゃべるとき理性を働かせることにおよんでいる。わたしたちは理性を批判しようとするとき(たとえば、理性にたいして狂気を対置しようとするとき)でさえ、自分の主張を他人に説明するためには、理性を、たとえなるべく反理性的に話ろうという配慮をつうじてであれ、働かせてしまう。こういう、ことばがことばであってしまうことの矛盾 ── ことばがあるはっきりしたものを名ざしたがるのだが、そういうあるはっきりとしたもの、確実なもの、真理であるものを名ざすことからことばをどのように「解放」するか、これも現代思想に課せられた課題のひとつなのである。

── 別冊宝島44『現代思想入門』より。

 いや、正直、ポストモダン君だと思われるのはアレなんだけど。(^^;

 まあ何というか、ここまででなくても、A⇒Bという排他的な図式に傲慢さを感じてしまえる感性というのも存在するのだろうと。

突然食いたくなったものリスト:

  • 吉四六の焼き飯

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コメント(4)

apj :

 逆に、物理学にどっぷり浸かってきて、法律の教科書を読んだ時のカルチャーショックが凄かったり^^;)。
 判例通説多数説少数説有力説、ってアンタ一体どれが正しいんだと、ツッコミを入れたくなりました。よくこんなんで学問できるなと。というか私はどれを理解すればいいのだ?と、知り合いの法学の先生に思わずクレームを……。
 物理学だと、教科書の表現が違っても内容が違うということは有り得ないというか、一意に収斂するんだけど、法律は違ってて、時が経つと少数説が通説にとってかわったりということもあるし、世の中が変わると判例が採用したりすることもあるらしい。
 まあ、とりあえずそういうもんだと思って、あれこれ読みまくったら、それなりに慣れましたが。世の中、合理的な判断をするやり方が一通りというわけでもないし、対象によって使い分ければいいのだなあ、と。

 ってことで、容赦のないA→Bだって、慣れりゃどうってことないのでは。

管理人 :

>apjさん

こんにちは。
連日失礼しています。m(_ _)m

いろんな学説はそれぞれがそれぞれなりの「合理性」に基づいたものであるわけで、1つの合理性を共有できる科学という分野は本当にラクなんですよ。(^O^) いや、語弊がある言い方かもしれませんが。

>よくこんなんで学問できるなと

流儀からして違いますからねえ。

> まあ、とりあえずそういうもんだと思って、あれこれ読みまくったら、それな
りに慣れましたが。

「とりあえずそういうもんだと思って」というところ。これ、大切ですよね。
まずそれを受け入れてから覗いてみれば、見えてくるものがあると思うんですよねえ。

>世の中、合理的な判断をするやり方が一通りというわけでもないし、対象によって使い分ければいいのだなあ、と。

これがいわゆる「文系」的な学問の面白いところであり、厳しいところでもあるんですよね。醍醐味であるといってもいい。

ただ、法律の場合、様々な学説を研究したところで「元の法律が改正されてしまう」可能性が必ずつきまとうんですよね。これがちょっとした空しさにつながったりします。(^^;

> ってことで、容赦のないA→Bだって、慣れりゃどうってことないのでは。

ということです。とりあえずそういうもんだと思ってちゃんと見つめてみれば、「科学を絶対視している」なんてアサッテの方向の言葉が出てくるはずないのになあ、と思います。
恐がらずに、覗いてみろと。(^O^)

apj :

どうもです。

>様々な学説を研究したところで「元の法律が改正されてしまう」
>これがちょっとした空しさにつながったりします。(^^;

 それ以前に、法学者のヒトたちって、元の法律が改正される度に教科書を改訂して儲けるといいうビジネスモデルで営業してるでしょ。で、最新版の教科書と六法で勉強しろとか何とか言うし。

 空しくなるのは、実はサイフの中身だという身も蓋もないオチが待ってるわけですが。

#会社法やら労働法なんか、教科書がくそ厚いのに法改正が激しすぎて、教科書を買って最後まで読む前に改訂版が出る始末でして、そりゃもう空しいのなんのって。特に懐具合が(泣)。

 ファインマン物理学は今でも改訂無しに読まれてるし、ランダウリフシッツ理論物理学教程だって別に改訂しなくたって、書かれてる範囲については十分使えるし。関数を片っ端から連分数で表した数学の本に至っては、誤植と計算ミス以外の理由で改訂の必要はないし、仮に改訂されたといしたら新しい内容が追加されるだけで、前から載ってた分はそのまま使えるし。

 本を買ったら鮮度が落ちないうちに読まなきゃいけないんだから、文系のヒトたちって大変だわ^^;。

管理人 :

 あー、そりゃ空しいですねえ。(^^;

 apjさんが最新版を買って読み終わるまでに、書く側は次の改訂版を書き上げているわけですから、向こうも大変なんですよ。(^O^)

 といっても本で儲けるのは法学者よりはLECとか早稲田セミナーとかのテキスト作る人なんでしょうけど。

 もちろん法学にも古典というものはあるんですが、特に実務段階になると最新情報が不可欠ですよね。
 ……ってapjさん、会社法とか労働法まで勉強してるんですか? マニアだなあ。(^O^)

> 本を買ったら鮮度が落ちないうちに読まなきゃいけないんだから、文系のヒトたちって大変だわ^^;。

 まあこれは文系の中でも分野によって全然違うんでしょうけど。
 ……ただ、施設にかかるお金は少なくてすみますよ、普通の文系は。(^O^)

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このページは、hietaroが2008年2月24日 03:15に書いたブログ記事です。

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