科学とかそのへんの「名言」1/4
当サイトには<今号の名言>集というコーナーがある。
私がいろんなところで見かけた言葉の中から「これは名言」と思ったものを紹介している。
しかし量が膨大になりすぎてなかなか全部読むにはキツく、しかも50音順という暴力的な配列になっているためテーマごとや発言者ごとに読みたい人には使いにくいことこの上ない......ってことは、まあ自覚している。(^^;;
とはいえこれはこれで改善する予定も意志もないのだけれど、最近妙に「科学」づいていて、まあこういうのもきっかけということで、<今号の名言>集の中から「科学」とかその周辺の名言を集めて紹介してみようかなと。
一応、全4回を予定。
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☆ ギリシア科学が近代科学の源流になりえた原因の一つは、彼らが自然界に法則が存在することを確信した最初の民族であったことが挙げられる。 ── 藪内清。『世界の名著12 中国の科学』中央公論社より。
☆ しかし近代科学の近代科学たるゆえんは、本質論的・原因論的問い方、"What"や"Why"の問い方を捨て、"How"という問い方を意識的に採用したことによって成立した。「点」や「線」や「面」を本質論的・原因論的に究明するというプログラムは、元々、近代科学には組みこまれていないのである。本質や原因の認識の「断念」こそが近代科学を成功に導いたのである。 ── 山川偉也『ゼノン 4つの逆理 ── アキレスはなぜ亀に追いつけないか ── 』より。
☆ 科学が提示するのは、常にその時点での暫定的な理論にすぎない。新たな実験が出れば理論は修正され、進化する。修正されうるからこそ、科学を信頼することができるのだ。科学は間違うがニセ科学は間違わない。間違わないものを信じるわけにはいかないのだ。 ── 菊池誠。「SFオンライン」所収、『なぜ人はニセ科学を信じるのか』(マイクル・シャーマー著)の書評より。
☆ 科学ってやつは葬式ごとに進歩するものなんです。 ── ポール・A・サミュエルソン。ポール・クルーグマン『クルーグマン教授の経済入門』より。
☆ この世で科学で解明できないものはないよ。ただ科学的思考と云うのは凡てが証明され、明白になっていない限り、結論を出してはならないものだ。いずれ凡てが解明できると希望的観測を述べるならいいが、証明できぬ部分まで含めて解ったような顔をするのは驕りだからね。科学的思考に依って理解しようとするなら、現状判らないことは判らないままに棚に上げておくしかないのだと云う腹の括り方をしなければ嘘だ。理論的に正しくたって推論は推論で結論ではないのだからね。それじゃあ据わりが悪いと云うのなら、その時は一旦科学を捨てるしかない。だからこういう欠落情報が補えないような場合の一番据わりの良い理解の方法は、妖怪変化と考えることなのだ。 ── 京極夏彦『鉄鼠の檻』より。
☆ 科学っていうのはとどのつまりはものの考えかたなのであって、数式をおぼえるとか実験技術を学ぶとかはそのあとだってかまわないはずだと思う。 ── 菊池誠。
☆ 理系って(いや、理系でなくても、だろう)、ようするに、説明しまくることなのになぁ。 ── super-parano。
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科学とかそのへんの「名言」2/4
科学とかそのへんの「名言」3/4
科学とかそのへんの「名言」4/4+1
科学とかそのへんの「名言」5/4+1
突然食いたくなったものリスト:
- 厚皮饅頭
本日のBGM:
Big Changes /EZO
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